静岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決
静岡県浜松市天竜川町三九二番地
原告
内田和久
同市中島町一二七四番地
原告
岡田康男
同市堤町二一六番地
原告
小楠正保
同市高林二丁目二番四号
原告
清水昭治
同市大瀬町二七番地の五八
原告
中尾正巳
同市幸三丁目八番七号
原告
彦坂逸男
静岡県浜北市内野一一〇五番地の三
原告
鈴木昭次
右原告七名訴訟代理人弁護士
服部優
同
田中嘉之
同
三井義廣
静岡県浜松市北寺島町六一七番地
浜松東税務署長
被告
山口文夫
同市元目町一二〇番地の一
浜松西税務署長
被告
納屋昭宏
右被告両名指定代理人
新堀敏彦
同
鈴木一博
同
鈴木朝夫
同
高柳昌興
同
鳥居陽
同
種村敏
主文
一 浜松税務署長が、昭和六一年二月二八日付けで各原告の昭和五七年分所得税についてした別表更正欄記載の各更正処分のうち、各原告の同表申告所得欄記載の金額を超えてなされた部分をいずれも取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨。
第二事案の概要
本件は、いずれも株式会社浜松合同青果市場(以下「合同青果」という。)の元株主である原告らが、昭和五七年一一月ないし一二月に行った持株の譲渡が、所轄税務署長により、合同青果の解散・清算を前提として実質的にはその残余財産の分配のために行われたもので、租税回避のため株式譲渡の形式を用いたに過ぎないとされ、それによって取得した代金が所得税法二五条一項三号(配当等の額とみなす金額)に定める法人の解散により残余財産の分配として交付された金銭に当たる旨認定されて受けた更正処分につき、その取消を求めて、いるものである。
一 争いのない事実等(証拠により認定した事実については、認定に用いた証拠の略号を括弧内に付記して摘示する。)
1 原告らの位置
原告らは、いずれも合同青果の元株主であり、各自の持株数は、原告内山が七三六株、原告岡田九六株、原告小楠が四八株、原告清水が二七二株、原告鈴木が一三六株、原告中尾が五一〇株、原告彦坂が三四〇株であった。
なお、原告内山は、昭和五五年一二月から、同清水は、昭和四九年二月から、いずれも昭和五七年一一月三〇日まで、合同青果の取締役に就任していた。
2 合同青果の株式譲渡の経緯
(一) 合同青果は、昭和三四年一一月二一日、青果物の輸出入、加工、委託販売等を目的として設立され、その後、昭和四八年までに、資本金一億〇二〇〇万円、発行済株式総数二〇万四〇〇〇株(一株の額面金額五〇〇円)、株主総数は約二三〇〇名となり、その事業用不動産として、
(a) 浜松市和田町字嫁橋地内に八〇八番一ほか宅地四三筆 合計三万一九七三・六メートル(市場業務用建物の敷地)
(b) 同町字三反田地内に八二八番一ほか雑種地一一一筆 合計一六一四・九四平方メートル((a)に隣接し駐車場として使用)
(c) 同市曳馬町字阿弥陀地内に八二番ほか宅地一〇筆 合計四七四三・七八平方メートル(市場業務用建物の敷地)
の合計約三万八三三二平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)及び地上建物を所有し、市場業務を営んでいた。
合同青果の株主は、みのり会と名乗る生産者グループ、浜松合同青果商という青果商グループ、右以外の一般株主に大別されるが、その大多数は五〇株未満の零細株主であり、飛び抜けて持株数の多い大株主は存在しなかった(甲七七の一、八四の一)。
(二) 浜松市では、市内に点在した五市場を統合する行政指導を行って(甲七七の一、八四の一)、昭和五四年五月頃、浜松中央卸売市場が新設され、これに伴い合同青果は、市場業務を停止した。
本件土地は、同社の役員(以下、昭和五七年一一月三〇日の臨時株主総会の決議による役員交代の前の取締役・監査役を「旧役員」と総称する。)及び株主らにとって、中心的事業である市場業務を停止した合同青果の唯一最大の資産と位置づけられており(乙二一の一、二、甲二三)、これ以降、合同青果自体の存廃並びに本件土地等の資産をどのように利用若しくは処分するかが、旧役員にとって、大きな課題となった。
(三) そして、本件土地の評価額については、小規模の取引ながら近隣の土地で一坪三〇万円程度の売買実例があったことや同業他市場の跡地の処分事例などから、旧役員を始め原告ら株主は本件土地が二五億円ないし三〇億円程度の価値を有するものとの認識を有しており(甲六一、乙二六の二、乙三二など)、実際にも後記(九)のとおり、昭和五八年一月二五日付で東海瓦斯株式会社(当時。以下「東海瓦斯」という。)が本件土地を清算法人となった合同青果から譲り受け、同年中に転売しているが、その転売時の代金額は、前記(一)の浜松市和田町嫁橋地内及び同市曳馬町阿弥陀地内の各土地に限っても合計約二五億五〇四三万円にのぼり(甲二の一、甲五)、また名古屋国税局が昭和六一年三月に本件土地等の評価を行った際の昭和五八年一月二五日時点での価額は合計二五億八四六八万五〇〇〇円(一坪あたり二二万円余)であった(甲一一六)。
(四) 合同青果は、旧役員で構成する役員会において、昭和五六年以降、本件土地の処分につき、
〈1〉 跡地活用を図る営業継続方式
〈2〉 その株式を譲渡する株式譲渡方式
〈3〉 本件土地などを売却した後、解散し、その清算手続の中で右売買代金を株主に分配する土地売却方式
のそれぞれにつき検討した。
このうち、まず、〈1〉の営業継続方式は株主総会の承認が得られず、〈3〉の土地売却方式についても、旧役員らの希望する価格での買受希望者が現れず、また、課税について検討した結果、土地の譲渡所得につき莫大な法人税の負担を余儀なくされることなどを考慮して、〈2〉の株式譲渡方式を押し進めることとした。また、昭和五七年四月二六日前後に、旧役員が株主に対して、株式譲渡を希望するか否かのアンケートを採ったところ、回答者の約三分の二が株式譲渡を希望するとの結果を得た。
(五) 旧役員らは、株式譲渡方式についての問題点の研究、処理のため、昭和五七年一月、役員会とは別に旧役員全員からなる株式譲渡世話人会を結成し(乙一八。以下「世話人会」という。)、以後数社との間で株式譲渡についての交渉を進めたが、結局、同年一〇月二七日、世話人会の提示した条件(一株六一〇〇円以上、購入代金一二億五〇〇〇万円以上を世話人会名義の口座に予め定められた期日までに入金すること)を承諾して合同青果の株主から株式の譲渡を受ける者として、朝井弘一及びその義弟の朝井弘が代表取締役をつとめる朝井開発株式会社(以下「朝井開発」といい、朝井開発、朝井弘及び朝井弘一並びにその関係者らを総称して「朝井グループ」という。)が現れた。
この経緯は次のとおりである。
(1) 東海瓦斯の常務取締役(当時)井出文彦(以下「井出」という。)は、昭和五七年八月ころ、不動産取引のあった株式会社拓和地所(以下「拓和地所」という。)の代表取締役植村恒幸(以下「植村」という。)から、本件土地の売買の噂を聞き及び、右植村をして旧役員らないし世話人会との交渉を進めさせたが、あくまで本件土地の取得が目的であり、法人としての合同青果を取得することは考えていなかった。
(2) しかし、世話人会は株式譲渡によることを堅持して土地の売買には応じず(甲一〇九の一、二)、一方、前記井出は、土地でなければ買わないことを固持していたため、植村による交渉は手詰まりになりかけていた。
(3) ところが、右事情を聞いた朝井弘一が植村に対し、株を買って、東海瓦斯に土地を売る旨を申し出、これを伝えられた井出も、右方法で本件土地を取得することに同意し、その後は朝井弘一及び朝井弘が主となって、旧役員らとの交渉が進められることとなった(甲一〇九の一)。
(4) そして、世話人会が提示していた株式購入費用一二億五〇〇〇万円の手当については、朝井開発が自ら五億円を調達し、その余の七億五〇〇〇万円は、東海瓦斯から、後日本件土地の売買代金の一部に充当するとの約旨のもと借り受けて、同年一一月八日までに世話人会の指定する静岡銀行浜松中央市場支店の朝井弘一名義の預金口座に振り込み入金された。
(5) 世話人会は、同日、右朝井弘一名義の預金口座への入金が確認できたため、正式に朝井弘一らを株式譲渡の相手方とすることに決定した。
株式の譲渡名義人は、朝井グループから、同グループの指定する朝井弘一ほか一二名の個人とされ(甲五二の一、二)、世話人会はこれを了承した。
(六) 世話人会は、当時既に世話人会による株式譲渡の斡旋に応じる株主から相当数の株券を預かっており、これを昭和五七年一一月一〇日一六万一八六四株、同月一九日二万四三一九株、同月二六日六八一九株の三回に分けて、合計一九万六〇〇二株(発行済み株式総数の九四・六パーセント)が、合同青果の事務所において、世話人会から、朝井弘一らに引渡され、朝井グループの者の手伝いを得て、合同青果の役員や職員らによって株主名簿の名義書換の手続も行われた。
そして、本件株式譲渡代金は、同月一〇日以降、順次前記朝井弘一の預金口座や買受名義人の一人である佐野通之助の預金口座から、静岡銀行浜松中央市場支店の世話人会名義の預金口座(以下「世話人会口座」という。)に振替入金され(乙五一ないし五三の各一、二)、世話人会口座に入金された右金員は、各株主に一株あたり六一〇〇円の割合で前記生産者グループ及び青果商グループを介し、あるいは、直接に株式譲渡代金として支払われた(昭和五八年八月二四日までに二〇万一八一二株分一二億三一〇五万三二〇〇円)。
原告らは、いずれも右世話人会の斡旋に応じて前記1記載の持ち株の全部を譲渡したが、その株式譲渡代金として取得した金額は次のとおりである(ただし、この金額の中から有価証券取引税を納付している。)
原告内山 七三六株 四四八万九六〇〇円
原告岡田 九六株 五八万五六〇〇円
原告小楠 四八株 二九万二八〇〇円
原告清水 二七二株 一六五万九二〇〇円
原告鈴木 一三六株 八二万九六〇〇円
原告中尾 五一〇株 三一一万一〇〇〇円
原告彦坂 三四〇株 二〇七万四〇〇〇円
(七) 株主らへの株式譲渡代金の支払いが実行される中、昭和五七年一一月三〇日、合同青果の臨時株主総会が開催された。株式の譲受名義人となった朝井弘一ら一三名は、この時点で発行済み株式総数の九六・六パーセントに当たる一九万七一〇〇株を取得し、株主名簿の名義書換を了していた(甲五二の四)。
右総会において、旧役員全員の辞任及び新役員の選任が決議され、新役員には、朝井弘一ほか五名が就任した。総会終了後、翌一二月一日にわたって旧役員から新役員に対し、合同青果の帳簿類や本件土地等の登記済権利証、四六五三万円余の現金などが引き継がれた(甲五七、甲七七の一、甲四八の一)
(八) 昭和五七年一二月二二日、新役員のもとで合同青果の臨時株主総会が開催されて、解散及び清算人選任の決議がなされ、清算人には、朝井弘一及び佐野通之助が選任された。
(九) 昭和五七年一月二五日付けで、清算法人合同青果(代表清算人朝井弘一)を売主、東海瓦斯を買主とする本件土地の売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)が作成された。本件売買契約書に記載された売買代金の額は、一七億円であった(乙三九)。
本件土地の売買代金の決済については、まず、昭和五七年一二月三日、仲介に当たった植村に五〇〇〇万円、同年一二月二二日、合同青果に二億円がそれぞれ支払われ、また、東海瓦斯は、前記(五)(4)の朝井らによる本件株式買収の資金として同年一一月八日付け確約書(乙四〇)五項の記載に基づき、同日付けで朝井グループに対する金銭消費貸借契約とした七億五〇〇〇万円(乙四三)が売買代金の一部に充てられた(甲八六の一、乙三一)ほか、昭和五八年一月二六日、富士銀行堺支店の朝井開発の預金口座に五億円が振り込まれ(乙四八の一)、これにより本件売買契約直後までに、東海瓦斯から合計一五億円が支払われた(甲八六の一、乙六四)。
さらに、本件土地上の借地人らの立退きの話がまとまった後の同年二月二二日、本件土地売買代金の残金二億円が、さらに、同年一〇月二九日、家屋明渡し追加金として五〇〇〇円がそれぞれ東海瓦斯から合同青果に支払われ(甲八六の一、乙四九の一ないし三、乙五〇、乙六五、乙六六)、結局、東海瓦斯が支払った本件土地の売買代金合計額は一七億五〇〇〇万円となった。
なお、東海瓦斯は、前記和田町字嫁橋野土地については、同年一二月八日鴻池不動産建設株式会社及び株式会社木内ハウジング(各持分二分の一)に代金二二億二〇〇〇万円で売却し、両者はこれを昭和五九年三月三〇日、浜松市土地開発公社に対し代金二三億四五二〇万九一三八円で転売した(甲二の一、二、甲三)。
また、東海瓦斯は、前記曳馬町字阿弥陀の土地については、昭和五八年八月四日、学校法人静岡県自動車学園に代金合計三億三〇四三万円で譲渡し(甲五)、前記和田町字三反田の土地については、その一部八九七平方メートルについて同年四月一五日、宇野不動産株式会社から株式会社松菱に代金五〇四六万九二四〇円で譲渡されていることが認められる(甲四の一、二)ことから、東海瓦斯がそのころまでに宇野不動産に譲渡していたことが推認される。
(一〇) 合同青果は、前記(九)の昭和五八年一月二六日に東海瓦斯から朝井開発の預金口座に振り込まれた五億円(乙四八の一)を、同日付けで、朝井開発への仮払金として処理し、本件株式五万四〇〇〇株分として、同月三一日付けで、右仮払金のうち三億二九四〇万円を有価証券勘定に振り替えた(乙四四の二及び同の三)。
また、合同青果は、本件株式譲渡代金及び不動産仲介手数料として東海瓦斯から支出された金員のうち九億一五〇〇万円を、昭和五七年一二月二九日付けで朝井弘一に対する貸付金として処理した後、昭和五八年一月三一日付けで、右貸付金全額を本件株式一五万株分として有価証券勘定に振り替えた(乙二九の二、乙四四の一ないし三)。
この結果、同年一月三一日、合同青果は、その経理処理上、発行済株式の全部二〇万四〇〇〇株を総額一二億四四四〇万円で取得したこととされた。
(一一) 合同青果は、昭和五八年一月一日から同年一二月三一日までの清算事業年度において、本件土地譲渡による固定資産売却益として一六億一五四九万八六四七円を計上する一方、本件土地譲渡に係る費用として、支払利息、斡旋手数料及び家屋明渡料合計四億〇七八四万円を計上し、さらに、本件株式の評価損として、取得価額一二億四四四〇万円全額を有価証券評価損に計上し、多額の本件土地譲渡益を相殺してしまった(乙一〇の四・「損益計算書」参照)。
なお、同年一二月三一日現在、合同青果の資産は、現金二五万八五四四円を残すだけとなった(乙一〇の四・「貸借対照表」参照)。
3 本件処分の経緯
(一) 原告らは、各自の昭和五七年分(以下「係争年分」という。)の所得税につき、それぞれ法定の申告期限までに別表確定申告欄のとおり浜松税務署長に対し、確定申告をなし、その後原告岡田は、昭和五八年九月八日に同表修正申告欄記載のとおり同税務署長に対し修正申告をした(以下右各申告に基づく所得金額を「申告所得金額」という。)
(二) これに対し、同税務署長は、本件株式譲渡代金につき、所得税法二五条一項三号(配当等の額とみなす金額)に定める法人の解散により残余財産の配分として交付された金銭である旨認定し、原告らの係争年分の所得金額は別表更正欄記載の通りであるとして、昭和六一年二月二八日付で各原告に対して更正の処分をした(以下「本件各処分」という。)。
(三) 本件各処分に対し、原告らは、いずれも昭和六一年四月二四日、浜松税務署長に対して異議の申立てをしたが、同年七月一四日付でいずれも棄却されたので、同年八月九日国税不服審判所長に対し審査請求を申立てたが、同審判所長は昭和六二年一一月九日、これらをいずれも棄却する旨の裁決をした。
(四) なお、浜松税務署は、本訴係属中の平成元年七月一日、大蔵省組織の一部を改正する省令(大蔵省令第五八号)により、浜松西税務署及び浜松東税務署に分割されたことに伴い、原告らの住所地を管轄する税務署(長)は別表当事者欄記載の対応関係のように改められた。
二 争点
本件において、各原告の配当所得以外の係争年分の所得金額及び本件株式譲渡により取得した代金額を原因とするもの以外の配当所得については争いはなく、もっぱら、右株式譲渡により取得した代金が、当時原則非課税であった単なる有価証券譲渡所得なのか、所得税法二五条一項三号(配当等の額とみなす金額)に定める法人の解散により残余財産の配分として交付された金銭として配当所得になるのかのみが争われている。
そして、前記認定の経過中の本件株式譲渡の私法上の効力についても、当事業者間に争いはなく、主要な争点は、
(a) 本件株式譲渡が租税回避のため法形式上採られたものに過ぎず、その実質は合同青果の解散に伴う残余財産の分配であると認められるか
(b) (a)が認められる場合に、租税回避目的がある故をもって、右法形式を否認し、その実質である残余財産の分配に伴うみなし配当金額として課税することが許されるか
という点にある。
1 被告の主張(所得税法第二五条一項三号の要件該当性)
被告が行った本件各更正処分は、原告らがそれぞれ保有していた合同青果株式の譲渡に起因して受領した金員が、その経済的実質からすると、所得税法第二五条一項三号に規定している「当該法人の解散により残余財産の分配として交付される金銭」であるので、これを「みなし配当」に該当するとして処分したものであるところ、右条項の要件は、〈1〉当該法人の解散の事実、〈2〉当該法人が残余財産の分配をした事実及び〈3〉当該法人の株主が右株主たる地位に基づき当該残余財産の分配を受けた事実に分析される。
(一) 「法人の解散」
法人が解散した場合とは、その法人の解散の効力が生じた場合をいうと解され、本件では昭和五七年一二月二二日、合同青果の臨時株主総会において解散の決議がなされた時点である。
よって右時点で、所得税法第二五条一項三号適用のための要件〈1〉「法人の解散」は充足された。
(二) 「残余財産の分配」
(1) 解釈
税法上の『残余財産』とは、一般的用法のように、法人解散の場合の現務の結了、債務の取立て及び債務の弁済をした後に残った積極財産をいうものではなく、法人が納付すべき国税を完納することなく、その有する財産の分配等をした場合における当該積極財産をいうものと解すべきである。
また、残余財産の分配については、租税法の解釈上は、会社の解散後の清算手続の過程で行われているものばかりでなく、一定の事情があれば解散前のものについても含まれると解され、たとえば法人が解散を予定しながら、その解散前に法人税を完納することなく、唯一の財産である土地を売却し、その代金を社員に分配し、その後社員総会において解散の決議をしたような場合において、社員に対するその代金の配分は、解散決議前にされたものであるけれども法人の解散に伴う残余財産の分配の性質を有するものということができる。
(2) 本件の考察
(a) 本件では、株主への分配金額として一株当たり六一〇〇円の割合による資金(分配総額一二億五〇〇〇万円)を工面するにあたり、本件土地などを譲渡してその代金を資金とする方法(土地売却方式)では土地譲渡益に係る多額の税負担が生じ、分配資金が確保できないという問題に直面したため、右多額の税負担を、有価証券取引とすることによって免れようとして、旧役員らにおいて株式譲渡方式が選定されたのである。
合同青果には事業継続の意思は全くなかったのであり、解散を前提として本件土地の処分益を株主により多く配分するための方式として株式譲渡方式が選択されたにすぎない。
(b) また、旧役員は、前記一2(五)の朝井グループが株式を取得した後、本件土地が東海瓦斯に譲渡されること、そのために東海瓦斯が株式取得資金を朝井開発に融資していたことを遅くとも昭和五七年一一月八日には認識していた。
(c) ところで、本件土地が東海瓦斯に譲渡されるということは、株主が誰であれ、合同青果に土地譲渡益が発生し、その結果、合同青果に課税所得が発生し法人税の納付義務が生ずることになるところ、本件土地の財産価値を引き当てにして、本件株式譲渡代金としての総額一二億五〇〇〇万円を東海瓦斯側に融資させ、なおかつ右金員全額を株主に配分する予定であることから、合同青果が法人税を納税することなど到底できないことは、遅くとも右同日には、旧役員は十分承知していた。
(d) したがって、本件土地が東海瓦斯に譲渡されるとの前提で株式譲渡方式を実行するためには、土地譲渡益が発生しても、課税所得は発生しないような処理が必要となり、そのために採られた方法が、合同青果を本件株式の最終取得者とし、かつ株式評価損を計上するという前記一2(一〇)(一一)の処理である。そして、株式評価損を計上するに当たり最も重要な根拠として、合同青果の解散という事実が必要となるのである。すなわち、土地譲渡によって生ずる法人税の負担を回避しつつ本件株式譲渡方式を完結させるためには、合同青果の解散という手段を採らざるを得なかったのである。
旧役員は、このことを認識しており、その斡旋を受けた原告らも、株式譲渡代金としての金員を受領したときまでに、旧役員と意思を通じてこのような認識を有していたとみることができる。
(e) 租税回避行為に対する実質課税
我が国の憲法三〇条は、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と、また、同法八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定している。そしてこれらの規定は、通常「租税法律主義」と呼ばれている。
すなわち、このような租税法律主義を憲法上の大原則としている法制下においては、納税義務は必ず法律、つまり税法の定めるところによって発生・成立することになっている。したがって、実体法上の税法である所得税法等は、納税義務の具体的な発生・成立の要件を定め、課税要件に該当する具体的な事実が存した場合に、納税義務が具体的に発生・成立することになっている。
しかし、所得税法一二条は実質所得者課税の原則を定め、この規定の背景には、形式・外見にとらわれることなく、その行為に内在する実質を重視して各税法の適用を行うべきであるとする実質主義の思想があるのであり、右所得税法一二条は、所得の帰属だけではなく、広く租税法上の解釈・適用あるいは事実の認定に際して適用され、法文の形式や社会的事象の外形的事実にとらわれず、その経済的実質に着目して事柄の判断をすることをも規定したものである。
実質主義が求められる理由について、租税法上においてこのような考え方がとられるゆえんは、租税法の重要な法原則の一つである公平負担の原則から導かれたものである。租税は、経済的な負担であり、納税義務者の所得又は財産等により負担されるのであるから、その担税力に応じて負担されなければならない。公平負担の原則とは、担税力に応じて公平に配分されなければならないことを示すものであるから、担税力を表象する課税物件もまた経済的実質に則して把握されなければならないのである。
例えば、正常な行為に基づく課税対象が租税法に規定されている場合、その課税を免れるために、税法上規定のない通常では考えられないような不自然な行為に基づき、実質には正常な行為と同じ効果が得られるような法形式をとった場合、正常な行為をとって納税した者との間に不公平が生じ、公平負担の原則が貫かれなくなる。このように、租税回避行為に対応するために、実質主義に沿った解決が求められてくるのである。さらに、経済情勢の複雑化・多様化にともない、通常考えられる取引からは想像をも絶する法形式の適用を行うことによって租税回避を図る場合も生じるが、このような税負担の軽減が行われた場合は、租税法の大原則である公平課税の原則に則り、実質主義に基づく課税の公平を図るために法の整備を行ってくることになる(例えば、昭和六三年改正前の所得税法第九条「事業等の譲渡に類似する有価証券の譲渡所得の課税」(昭和三六年法規定)、所得税法施行令第八〇条「借地権の設定等に伴って受ける特別の経済的利益の対価算入」及び法人税法第三四条「課題な役員報酬・退職給与の損金算入」(昭和三四年法規定))が、具体的事象を網羅的に法制化することは困難であり、前記所得税法一二条に規定されている実質所得者課税の原則により類推解釈されるものである。
(f) ところで、株式会社において、株主が投下資本を回収する方途の一つとしては、残余財産の分配を受ける方法があげられるものの、これは会社の解散を前提としたものであるから、存続の予定されている会社において株主に投下資本回収の途を開いたのが株式譲渡なのである。したがって、法が本来予定した株式譲渡とは、存続の予定されている会社において投下資本を回収しようとする株主が、その希望するときに随時、個々に譲渡することを想定していると解される。
そして、本件においても私法上の法律行為としては株主らと朝井弘一らとの間の株式譲渡が行われているのであるが、〈1〉前記のとおり解散・土地売却を予定した状況下で、〈2〉終始旧役員の主導のもとに、〈3〉朝井弘一の指定した朝井弘一ら一三名という特定少数者に譲受人を限定して、〈4〉昭和五七年一一月一〇日から同月二六日の短期間に一括して、合同青果の発行株式数の九六・六パーセントにあたる大量の株式譲渡がなされたことに照らせば、旧役員は、株主の側には土地売却方式をとった場合に生じる税負担を回避し、一株あたり六一〇〇円の割合による金員交付を達成することを目的として、朝井弘一ら譲受人の側には合同青果の存廃についての支配権を掌握させるために、本来ならば株主が欲しいときに随時行えるはずの株式譲渡に自重を促し、各株主が独自の譲渡することを規制し、大量の一括株式譲渡を実現したものであり、解散・土地売却を予定・認識した状況下でのこのような株式譲渡は、その後に実際に行われた解散・土地譲渡を前提としてなされた租税の回避・残余財産の分配との認定を潜脱するためになされたとしか評価できない。
そうであるならば、右私法上の法形式は課税上は無視し、同年一一月以降の株式譲渡と右金員交付及び昭和五八年一月二五日の合同青果の東海瓦斯への本件土地の売却は、租税法の解釈上、一体として残余財産の分配に該当すると認定することができるのである。
(g) まとめ
すなわち、本件は、合同青果が、唯一の財産である本件土地の売却及び解散を予定しつつ、その解散前に法人税等を完納することなく本件土地譲渡代金に充当されるべき金員を株主に交付した事案であるから、本件金員交付は、解散決議及び土地売買契約の前にされたものであるけれども、解散に伴う残余財産の分配の性質を有するものというべきであり、所得税法第二五条一項三号適用のための要件〈2〉「残余財産の分配」は充足されたと認められるべきである。
なお、合同青果の残余財産が確定した日は、証拠上、遅くとも対外的な債務が存在していない第二期・清算事業年度終了の昭和五八年一二月三一日であるところ、前述したとおり、合同青果が解散した昭和五七年一二月二二日以前に、すでに、残余財産の分配が行われているので、被告は、合同青果が原告らを含む各株主に対して行った当該残余財産の分配は、実質的に清算確定前の分配として右分配の都度、残余財産の一部分配が行われたものとしたものである。
(三) 「残余財産の受領」
原告らが、保有していた合同青果の株式譲渡に起因して、一株当たり金六一〇〇円の単価にてそれぞれ金員を受領していること自体は、右受領金員の性格はともかくとして、争いはない。
前記詳述したとおり、当該受領金員の生活は残余財産の分配に当たるものであり、所得税法第二五条一項三号適用のための要件〈3〉「残余財産の受領」の事実は充足される。
2 原告の反論
解散前に売却されたのは、合同青果の財産ではなく、各株主の個人財産である株式であり、株主に支払われたのはその譲渡代金である。
(一) 本件は実質的にも株式譲渡である。
(1) 前記経過のとおり最終的に株式譲渡方式が採用されたが、株式譲渡方針に対する旧役員の認識は、「株で処分した場合のメリットが果たしてあるかどうか不確定要素が多い。株による取引の意向打診を試みたが相手方はほとんど乗気なく話は進展を見ないのが現状である。株価の面で有利性が疑われ、土地を処分したのと同じ結果に終わる公算が強い。」、「株価の評価は土地の評価額から税務上の諸税を控除した額が対象となるので、税引後の実質手取額基準となるため果たしてこの様な複雑なる手数を煩わして実施する価値がある方式であるか甚だ疑問」、「仮に努力して相手を見つけたとしても株価の面で有利性が疑われ、土地を処分したのと同じ結果に終わる公算が強い」などというものであり、旧役員は、必ずしも株式譲渡の場合の方が土地売却の場合よりも有利という認識は特に持っていなかった。
また、本件土地等を旧役員が仮に時価(総額二五億円位)で売却した場合、その譲渡益に対する租税を控除したとしても一二億円程度の、したがって一株当たり六一〇〇円程度の分配は可能であった。
株式譲渡世話人としては、このような方法によれば一株当たり六一〇〇円の分配を維持するという目的は達成できたのであり、あえて株式譲渡後に東海瓦斯へ土地を売却しその後に複雑な経理処理を行なって合同青果を解散するということまでして課税を回避しなければならなかった理由はない。
にもかかわらず、旧役員がその方針の採択方向に向かったのは、土地売却方針がうまく運ばず、昭和五六年一二月二六日までに、日本ロール製造株式会社を中心とするグループから一株五五〇〇円で株式を買い取りたいとの意向表明があったことをはじめとして、その後株式譲渡の申込が続いたのに対し、旧役員らが希望した価額での本件土地売買の申込がなかったからである。
そして、右のとおり旧役員は本件土地売却を考慮した時期もかつてあったが、その後、二転三転した結果、昭和五七年一〇月下旬当時は、株式譲渡方針を採用し、同月二七日以降、株式譲受申込人数社からヒヤリングを行ったうえ、いち早く株式譲受代金を全額準備した東海瓦斯・朝井グループとの間で旧役員が株式譲渡世話人の資格でその斡旋を行い、その結果株式譲渡が行われたのである。
この過程で、旧役員が東海瓦斯の土地取得を認識していたということはないし、まして合同青果が解散するなどという認識は全くなかった。旧役員としては、株式譲渡後は東海瓦斯と朝井開発が共同して住宅関連事業を行なっていくものと考えていたのである。
以上によれば、旧役員が土地売却方式をとった場合に生じる税負担を回避し、一株あたり六一〇〇円の割合による金員交付を達成することを目的として株式譲渡方針を採択した旨の被告の立論は根拠がない。
(2) 租税回避をしたのは、旧役員らではなく、朝井開発らである。
本件株式譲渡が私法上有効に行われたことと、東海瓦斯が朝井開発に株式取得資金として七億五〇〇〇万円を貸し付けたことにつき原告らと被告らとの間で争いがない以上、朝井開発が株式譲渡世話人に支払ったのは株式譲渡代金としてであり、株式譲渡世話人が譲渡株主に支払ったのも株式譲渡代金としてであることにならざるを得ない。したがって、朝井開発が東海瓦斯からの借入金と自己資金で株式譲渡代金を支払い、これを株式譲渡世話人が譲渡株主に支払っても、そのこと自体は、法律上合同青果の財産の減少をもたらすものではなく、それによって合同青果の法人税の納税が不可能になるわけではない。
合同青果が無資産となり、法人税の納税ができなくなったように見える原因は、専ら合同青果が東海瓦斯より現金で一〇億円を借り入れ、同日合同青果がそのうち九億一五〇〇万円を朝井弘一に貸し付け旨、合同青果の帳簿に事実に反する記載がされ、また、合同青果のこの貸付金を含んだ朝井弘一に対する貸付金合計一二億四四四〇万円の弁済に代え、同人が合同青果の株式を代金同額で合同青果に譲渡し、そして、この株式につき同金額の評価損を計上して帳簿価額をゼロとする旨帳簿に記載されたことにある。
右における自己株式取得・株式評価損の計上という経理処理は、朝井弘が行ったことであり、株式譲渡世話人はまったく関与していない。
(二) 被告らの実質課税論の誤り(租税回避行為否認の法的根拠の欠缺)
憲法八四条の定める租税法律主義は、租税法の全体を支配する基本原則であり、課税要件(それが充足されることによって納税義務が成立する法律要件のこと)のすべてと、租税の賦課・徴収の手続が法律によって規定されなければならないという原則である。
その論理的帰結として、租税法の解釈と適用は、一般に、厳格でなければならない。
したがって、課税要件の充足を避けることにより、租税負担の不当な軽減または排除を狙った租税回避についても、このような租税回避行為に対処するための一般的な規定は、わが国においては設けられておらず、たとえば、同族会社の行為または計算の否認(所得税法一五七条、法人税法一三二条、相続税法六四条等)、譲渡所得の範囲、有価証券に係る譲渡所得の課税(所得税法九条一項一一号)などにつき個別的に手当がなされているだけであって、このような明文の規定の存しない場合に、租税回避行為を否認し、通常の行為形式に引き直して課税することは、右租税法律主義の原則から許されない。
第三争点に対する判断
一 問題点の総括
1 前記認定のとおり、原告らは、合同青果の株式譲渡世話人会の斡旋により、その有していた本件合同青果の株式の朝井弘一らに一株あたり六一〇〇円で譲渡したものであり、その私法上の効力については争いがない。
本件において、右原告らの取得した金銭が所得税法二五条一項三号所定の当該法人の解散により残余財産の分配として交付される金銭として配当とみなされる額に当たるか否かが問題とされるのは、
〈1〉 朝井弘一らは、世話人会の斡旋により合同青果の株式の大多数を取得するや、臨時株主総会において解散の決議をなし、合同青果の清算手続を開始したこと
〈2〉 その過程で合同青果の唯一最大の資産である本件土地を東海瓦斯に一七億五〇〇〇万円で売却したこと
〈3〉 朝井弘一らは、前記第二、一2(一〇)(一一)記載の巧妙な会計処理により、合同青果が本件株式二〇万四〇〇〇株を総額一二億四四四〇万円で取得したこととし、本件土地譲渡による固定資産売却益として計上された一六億一五四九万八六四七円を、本件土地譲渡に係る費用(支払利息、斡旋手数料及び家屋明渡料合計四億七八四万円)及び本件株式の評価損として、取得価額一二億四四四〇万円全額を有価証券評価損に計上することにより相殺し、清算年度末の昭和五八年一二月三一日現在の合同青果の資産を現金二五万八五四四円を残すだけとしてしまったこと
〈4〉 その結果、形式的には合同青果及び株主が解散・清算に当たり課せられる諸税の負担を全面的に免れることになったこと
から、右関係者により採用された一連の私法行為を租税回避行為として否認し、その実質は合同青果の元株主である原告らによる合同青果の解散・清算であり、株式譲渡代金は清算に伴う残余財産の分配に他ならないと見ることができるかである。
2 ところで、租税法の定める課税要件を充足する私的経済活動ないし経済現象は、私的自治の原則の下、当事者が自由に選択することができるものであり、同一の経済目的を達成するために複数の法形式を選択する余地がある場合に、単に税の負担のより少ない法形式を選択したというだけでは、そのことだけで直ちに租税回避行為と評価することはできず、このことは、たとえその行為が同一の経済目的を達成するのに迂回的な場合であっても、そのことに合理的な理由が認められる限りは同様である。
右の場合において、租税法上、当事者が用いたその法形式を無視し、通常行われる法形式に引き直して課税すること(租税回避行為の否認)の一般的当否はさておき、仮にこれを肯定する立場に立つとしても、否認の可否が争われるべき租税回避行為とは、当該法形式を用いた理由が税負担の軽減排除の目的なくしては純経済的な見地からその行為を合理的なものとして是認することができない場合、要するに当該法形式の採用が私的自治の濫用であると評価することができる場合に限られるというべきである。
二 事実関係
前記第二、一に認定した事実に加え、次の事実が認められる。
1 株式譲渡方式採用の経過
合同青果は、旧役員で構成する役員会において、昭和五六年以降、本件土地などの処分につき、前記第二、一2(四)のとおり、株式譲渡方式を最終的には採用したのであるが、その経過については次の事実が認められる。
(一) 役員会等における検討(甲一の一、二、甲七七の一ないし四、甲八四の一ないし三、乙一一の一、二、乙一二、乙一三ないし一五の各一、二、乙一八、弁論の全趣旨)
まず、前記第二、一2(四)の〈1〉の営業継続方式は膨大な投資を伴う上、株主の賛同が得られないとして断念され、昭和五六年四月二七日の役員会以降においては、同〈2〉の株式譲渡方式及び〈3〉の土地売却方式の二方式が検討された。
(1) 同年六月一七日の役員会の招集通知及び『当社の今後の対応策について』と題する添付資料(乙一一の一)によれば、右二つの方法についておおむね次のように総括されていた。
〈2〉の株式譲渡方式
「株式の取引税の負担のみで済まされる可能性もあり、一応もっとも有利な方法と考えられる」としながら、主として合同青果の株式を譲り受け新たに営業を開始しようとする企業のほとんどは、これを吸収合併することが予想され、その場合、株式の取引金額は各株主の手元に支払われるが、会社自体は清算所得を得たとみなされ、法人税等を買収企業が負担することになり、買い手とすればその分を見込んで、すなわち土地の評価額から税務上の負担を控除した額を対象に買収株価を決定することになるので、このような複雑な手数を煩わせて実施する価値(〈3〉の方法に対する優位性)があるかが問題視されている。
〈3〉の土地売却方式
「国税地方税等税金面で最も損失の多い単純にして何の考えもない愚かな方法」としながら、零細株主が多く、「業務廃止後は換金を求める意見が大半を占める今日、広く買主を求めて換金配分をすることは後日何らの問題を残さない通常的な方法」と肯定的評価も示されている。
(2) 昭和五六年七月二九日の役員会では、代表取締役であった井村正司(以下「村井社長」という。)が社長提案として、土地売却方式を提案したが、議論が紛糾し、改めて同年八月一二日の役員会で、執行部案として公共機関に対する土地売却方式が提案され、おおかたの賛同を得られたものの決定にはいたらず、さらに同月二四日の役員会において同案が提示され、態度保留ないしは賛成しかねるという意見はあったものの、大勢としては同案の採用を見た。なお、この日の討議で、役員から分配額として「出資額の一〇倍(五〇〇〇円)」が確保できるようにとの意見が出された。
(3) 右方針に従い、旧役員の代表からなる執行部は、浜松市、静岡県土地開発公社、日本住宅公団などと交渉をもった。しかし、これら公共機関の買受希望額は、日本住宅公団が約一九億五〇〇〇万円、県土地開発公社が約二二億円(一坪一九万円)以下、浜松市はこれを下回らない程度というものであり、他方、役員の多くがそのころ同様に跡地が売却された浜松中央青果市場の売却価額が一坪二四万円であったとの巷の噂を関知していたことなどから、右交渉経過が報告された同年一一月六日の役員会では異論が続出し、公共機関に対する土地売却方式についての支持が失われた。
(4) そして、右役員会閉会後の役員懇談会において、株式譲渡方式が再浮上し、参加者から税法上の問題や譲渡の相手方の問題についても研究をすることの必要性や、役員が仲介するのは当を得ないが、実際問題として役員が世話人という形で事を進める以外に方法がないなどの意見が出され、一応株式譲渡方式が採用され、研究されることになった。
旧役員らは、既に同年三月ころから役員会ないし常勤者会議において、独自に又は顧問税理士を招くなどして株式譲渡と土地売却方式についての課税上の問題の研究を重ねていたが、右同年一一月六日の役員懇談会の後、株式譲渡についての討議、研究及び交渉は役員懇談会において行うこととなり(乙一八によれば、株式譲渡に関する事項の推進にあたっては、税法上の配慮から呼称を役員会としないことを申し合わせていたことが窺われる。)、同月一四日以降、昭和五七年一月七日までの間、旧役員及び顧問税理士らは、たびたび浜松税務署(当時)を訪問したり、書面による紹介により、株式譲渡による場合の課税上の問題について研究を重ねた。
(5) そして、同年一月一一日の役員懇談会において、株主に対し案内状を出すに際し、「役員」ではなく「世話人」と称することとし、また、同月二九日の役員懇談会において、正式に世話人会と称することが了承され、株式譲渡方式に属する事柄を世話人会が担当することになったが、世話人会の構成員は、旧役員と完全に同一であり、代表取締役である井村社長が世話人会の座長をつとめるなど、その実態は役員会と何ら変わらないものと認められる。
(二) 昭和五七年三月ころまでの対外的交渉経過
右(一)のような内部的検討に平行して、土地売却ないし株式譲渡について、役員会ないし世話人会は対外的に次のような交渉を行っていた。
(1) 日本ロールグループとの交渉(甲一の一、甲一一、甲一四ないし一八、甲七七の一ないし四、甲八四の一ないし三、乙一八、乙二一の二、乙二六の一ないし三、乙三三)
合同青果に対しては、昭和五六年初めころから、日本ロール製造株式会社、東京不動産実業株式会社、東京倉庫実業株式会社、東京産業実業株式会社及び金桝工業株式会社の五社からなる日本ロールグループから本件土地の買収の希望が伝えられていた。
同グループとの交渉は、右東京不動産実業の原田英治を通じて行われていたが、同年七月一一日、合同青果の株式の一〇〇パーセントを日本ロールグループ五社で買収したい旨の申し入れがされ(ただし、土地買収から株式譲渡方式への方針転換が、合同青果側の発案によるのか、日本ロール側の発案によるのかについては、証拠上いずれとも断じ難い。)、その後の交渉は株式譲渡方式を前提に進められた。
日本ロールグループにおいて、株式譲渡方式で交渉を進めることとした理由は、次のとおりである。
すなわち、同グループは、合同青果側から本件土地の取引価額が当時の売買実例に基づき一坪当たり三二万円との提示があり、仮に一坪三〇万円としても、約一万一〇〇〇坪に及ぶ本件土地の買収には総額三三億円もの資金が必要となる(なお、同グループにおいては、右価額の一割を減じた一坪二七万円を目安にしていた)ところ、この金額では同グループの資金力からは到底調達の見込みがなかった。他方、株式の買取においては、右土地の評価額から仮にこれを売却した場合の譲渡益に対する諸税の負担を控除し、その残額について、株主に配当した場合に受け取ることができる金額を試算し、これを一株あたりの売買価額とした場合、次のとおりであった(甲一一)。
〈省略〉
右のとおり同グループが前提とする右土地の評価額一坪二七万円としても、法人税等納付後の残額から一株あたりの配当手取額を算定すると概ね五四〇〇円、合同青果が前提とする一坪三〇万円の評価によっても、一株五六〇〇円となり、同グループにおいて株式をすべて取得しても一一億円ないし一二億円で本件土地を支配することができ、この限りで土地の評価額について合同青果側に有利に譲歩する余地も生じた。
そして、昭和五七年初めには一株五五〇〇円による株式譲渡が世話人会と日本ロールグループとの間でほぼ合意に達した。
しかし、その実現に当たって、世話人会と日本ロールグループとの間で主として次の二点につき見解が相違した。
(a) 世話人会としては、日本ロールグループが全株式ではなく、過半数の株式を取得して合同青果の支配権を取得した段階で株式買取を中断してしまうと、残った少数株主の利益を害することから、同グループが譲渡を希望する株主の全株式を買い取ることを希望していたが、反面、株式譲渡はあくまで株主個人の自由意思に係わることであるから、一〇〇パーセントの取得を世話人会ないし旧役員が買受人に保証することはできないとの立場をとっていたところ、日本ロールグループは、世話人らにおいて一〇〇パーセントの株式の取得を保証すべき旨申し入れてきた。
(b) 世話人会は、(a)の株式買取の中断を防止するため、株式買取代金全額を日本ロールグループが金融機関に預託することを求め、さらに右預託金につき、中途での払い戻しの懸念をなくすため、合同青果代表者と共同でなければ払い出しができないようにする扱いを申し入れた。しかし、却って日本ロールグループ側から、これを承諾する場合には、本件土地について日本ロールグループのために抵当権を設定することを提案され、世話人会としては、個人資産の譲渡である株式譲渡の代金決済のために会社資産を提供することはできず、また、そのようなことをすれば、本件株式譲渡が実質は土地の譲渡であるとの疑いをかけられることになるとして拒絶した。
結局、これらの相違点が解消されずに、日本ロールグループとの株式譲渡の交渉は、同年一月二九日限り、打ち切られることになった。
(2) 鈴木自動車工業株式会社(以下「鈴木自動車」という。)及びヤマハ発動機株式会社(以下「ヤマハ発動機」という。)との交渉(甲一の二ないし四、甲一九、甲二〇、甲七七の一、甲八四の一、乙二一の二、乙二七)
昭和五六年一二月ころから浜松市を本拠地とするオートバイ・軽自動車メーカーの鈴木自動車は、本件土地の買収を申し入れてきたが、合同青果側は株式譲渡によることを条件に、(一)の日本ロールグループとの株式譲渡交渉が打ち切られた後、昭和五七年三月の株主総会を前に精力的に交渉を進めたが、鈴木自動車は本件土地内にある追跡調査に時間及び費用がかかること、会社合併において清算所得に多額の課税が見込まれること、これらにより宅地造成・分譲事業の採算性が低いこと、多数の株主から短期間に全株式を取得することには困難が伴うこと等を理由に同年二月六日、辞退する旨を申し入れてきた。
また、ヤマハ発動機に対しては、合同青果の意向とは無関係に不動産業者が株式譲渡の話を持ち込んでいたところ、右のとおり鈴木自動車との交渉も不調に終わったことから、同年二月一六日、世話人会のメンバーが同社を訪問したが、確答は得られず、また、株式の一〇〇パーセント取得を条件とする感触から、交渉は進展しなかった。
(三) 土地売却方式への回帰(甲一九、甲七七の一ないし四、甲八四の一ないし三)
右(二)の経過は、昭和五七年三月二三日の合同青果定時株主総会においても報告され、九役員らからは、株式譲渡方式は、前記のとおり理想的な案であとしながらも、現実には相手方から厳しい条件が付けられるため、現実性を欠くものとして、今後は土地売却に重点を置いて処理する旨が報告された。
(四) 株式譲渡方式による京浜不動産等との交渉
(甲一の五、六、甲二一、甲二二の一ないし五、甲二四、甲二七、甲三〇、甲三八、甲四〇、甲四三ないし甲四七、甲六五、甲七七の一ないし四、甲八四の一ないし三、乙二八、乙三二、弁論の全趣旨)
しかし、昭和五七年四月以降、世話人会に対し、静岡県内だけではなく、東京、大阪方面の不動産業者らから相次いで株式買収の打診があり、同年六月ころには、(a)株式会社和久田組ほか(地元業者)、(b)京浜不動産株式会社(神奈川県)、(c)中部ガス株式会社(愛知県豊橋)、(d)盛宏株式会社ほか(大阪府)などの各社から株式譲受けの希望を申し入れられていた。
(1) 世話人会では、同年五月二二日以降京浜不動産と株式譲渡方式につき交渉し、京浜不動産からは当初一株当たり五五〇〇円の割合によるとの条件がだされていたが、同年六月七日、京浜不動産は一株当たり六一〇〇円の割合によると条件を変更し、以後第一の株式譲受人候補となった。
世話人会では、この京浜不動産他数社と株式譲渡についての交渉を進めたが、その過程の同年六月一四日、八名の代表世話人は、京浜不動産側に対して、同年五月二七日に井村社長が浜松税務署に照会した単独一社が株式を譲受けた場合の(税務上の)問題点につき説明し、これに理解を示した京浜不動産は、系列も加えて四、五社で株式譲渡を受けることを申し出た。
一方、同年六月一七日の世話人会において、「既に一部に株式の売買が進行している現状を重視すると、株主一般にも通知を出して現状を訴えて自重を促し混乱を避けることが必要」との意見が出され、さらに、同社七月一日の世話人会でも「この作業を進めるにあたっては相手会社と交渉すると同時に株式の集約が先決」との意見が出されたことから、代表世話人らは一斉に譲渡希望者の掌握を開始することを約し、これに基づき同月八日一般株主へ往復ハガキで株式譲渡についての意向を照会したところ、株主のうち青果商組合では同月九日に高橋芳治を除き株式譲渡することで意見が統一され、また、生産者関係についても、同月一二日までに六万九一六五株分の譲渡希望を確認できたことなどから、右世話人会における意見に沿って、できるだけ多数の株主を世話人会が決定する株式譲受人への株式譲渡に参加させるための準備がすすめられた。
(2) ところが、京浜不動産は、融資元としていた芙蓉商事が合同青果の京浜不動産への株式譲渡を土地の変速売買ととらえて、世話人会からの株式譲渡の条件とされた全株式を譲り受けるに足りる一二億四四四〇万円の預託を渋り、さらに、次の融資先とした日本土地株式会社も顧問弁護士が「税金の面で問題がある」として反対したため、結局、同年九月四日になって、株式譲渡の交渉を打ち切られてもやむを得ない情勢となった。
(3) これを受けた同日の世話人会では、前記(1)のとおり、既に約二か月前に株主に対して株式譲渡希望を募っていたことから、株主からの「一体いつ株式譲渡ができ、幾らの金員をもらえるのか」という問い合わせを予想し、その対応に苦慮していた。
(4) 結局、世話人会では、京浜不動産と日本土地等の間で国土利用法上の問題を巡り結論が出ず譲渡代金の捻出ができないため、同年九月一四日、京浜不動産への株式譲渡を断念することとし、地元の宇野不動産を窓口として株式買収斡旋を申し入れていた大阪の盛宏株式会社(以下「盛宏」という。)を譲受人とする交渉に切り替えた。そして、同日、顧問弁護士である大石隆久弁護士は、盛宏側に対して、一株六一〇〇円の割合による等の株式譲渡の条件を提示し、併せて世話人(旧役員)の免責等について盛宏側の意向を確認した。
(5) 生産者グループ(みのり会)を選出基盤とする取締役の金原初雄は、遅くとも同年九月までに、生産者グループの株主に対して「一株当たり五五〇〇円を下回らない価格で交渉中です」との通知を出し、これを受けた株主が株券を合同青果に提出していたため、前記(二)のとおり、同年九月中旬になっても株式譲渡先が決まらないことに対して、同月以降合同青果に多数の株主から「金はどうなっているのか」との問合わせが多く、中には世話人会による株式譲渡方式に不信感をもってか株券の返却を求める株主も出てきたため、右役員金原が株式譲渡遅延のための地区説明会を開催して株主に対応した。
そして、このような役員金原らによる株式譲渡の代金予定額の公表から、世話人会としては一株当たり六一〇〇円の譲渡条件は譲歩できず、かつ、早急に決着をつけなければならないとの圧迫感、焦燥感が日増しに強くなっていった。
(6) しかし、盛宏も、株式譲渡にあたっての税務対策等の問題点を指摘し、結局同年一〇月一日株式譲受けを辞退した。
(7) これと別に東京の株式会社開拓社も前記宇野不動産を窓口として株式の買収を申し入れてきており、同年一〇月二六日に会談をしたが、申入れが具体的でないため、交渉を打ち切った。
(8) 同月一一日から一六日にかけて株式譲渡を希望する株主側については株式譲渡一覧表を作成したものの、同月二六日になっても未だ譲受先が決定しない有様で、世話人会では、同日、その八名の代表世話人に対して、株式譲渡交渉を同年一一月五日までに成立させることを条件に株式譲渡交渉を一任した。
この後は、株式の買収を申入れてきた者に順位をつけることなく、並行的に代表世話人らが事務所に相手方を呼んでヒアリングを行うことにし、その中に前記朝井開発及び東海瓦斯が含まれていた。
2 朝井グループとの交渉経過
前記第二、一2(五)以下に認定した事実に加えて次の事実が認められる(甲四九、甲五〇、甲七七ないし四、甲八四の一ないし三、甲八六の一、二、甲一〇四、甲一〇九の一、二、甲一三七、乙三二、乙三五、乙四〇、乙四二、乙四五の一、二、乙四七の一、乙六〇、弁論の全趣旨)
(一) 昭和五七年一〇月二七日、東海瓦斯の井出、拓和地所の植村、朝井弘一及び朝井開発の朝井弘らが合同青果を訪れ、世話人会側では井村社長、役員滝川孫雄らが応対した。この席で、世話人会側は、朝井らから次のような説明を受けた。
〈1〉 本件土地において、分譲住宅、マンション等の住宅開発事業を行う。この事業は、東京瓦斯が担当する。
〈2〉 一株六一〇〇円で買い受ける。少なくとも一六万一〇〇〇株は欲しい。
〈3〉 取り敢えず一六万一〇〇〇株に相当する代金を預金口座に入金するので、その時点で、株券の引渡しを行い、その一週間後に株主総会を開催して役員を交代する。二週間ですべての手続を終了したい。
〈4〉 資金は、東海瓦斯が七億五〇〇〇万円、朝井開発が五億円を用意する。そして、植村から、右開発事業の内容を記載した図面に基づき、説明を受けた。
(二) 昭和五七年一〇月二七日、代表世話人は、合同青果において、植村らから、同月四日の午前中に合同青果の全株式の買受代金に相当する一二億五〇〇〇万円を朝井開発側の預金口座に入金するので、八日には覚書に調印したい、株主には法人の名を出さないこととし、複数の個人名で株式を取得するとの申入れを受けた。
そこで、世話人らは、同日、前記大石弁護士に相談したところ、法人名を隠して個人名で株を買うことはよくあることで、それ程心配することではない旨の回答を得た。このため、以後株式譲受人の名義については、東海瓦斯および朝井開発の内部的な問題として考え、名義人が実在する人物であることを印鑑証明書の提出を求めて確認するのみで、東海・朝井グループを株式譲受申込人と理解して交渉を継続した。
(三) 昭和五七年一一月四日、五億円は申入れどおり朝井開発の預金口座に入金されたが、残り七億五〇〇〇万円は入金されなかった。
(四) 昭和五七年一一月五日、世話人会が開催され、そこで、経過報告がされた。
朝井弘一らへの株式譲渡について「朝井開発は三ケ年程前清水青果の株式の譲渡を受け他に転売した模様で競売屋であるので十分調査を要する」、「(朝井弘一らへの株式譲渡の)資金の流れがどうなるのか解析すると共に当社の前途を考えるべきである」などの消極的意見が出された。
しかし、朝井弘一らへの株式譲渡ができれば一株当たり六一〇〇円の割合による金員交付が達成されることから、前記のとおり早期決着を迫られていた世話人らは、朝井弘一らへの株式譲渡を即刻決定せねば、他に確実に譲渡代金を支払う者のない状況下で結局株式譲渡交渉がまとまらなくなってしまうことを恐れて、残りの七億五〇〇〇万円が入金されるかどうかを見た上、株式の譲渡を決断することになった。
(五) 昭和五七年一一月八日、朝井開発は、東海瓦斯から七億五〇〇〇万円を借り受け、残りの七億五〇〇〇万円が朝日開発の右預金口座に入金された。そして、朝日開発は、即日、合計一二億五〇〇〇万円を朝日弘一名義の預金口座に振替入金した。
なお、朝日開発は、同日、右借入れに際し、東海瓦斯に対し、「取得した合同青果の全株式を東海瓦斯に寄託する。株式取得後、本件土地を一七億円で東海瓦斯に売却する。代金のうち七億五〇〇〇万円については、右貸金債務を充当する。」との内容の確約書と題する書面(乙四〇)を交付した。
(六) 右同日、合同青果では、世話人会が開催され、右入金の事実を確認した後、その了承を得て、代表世話人八名が、朝日弘一ら五名の者との間で、〈1〉朝井弘一らは、合同青果の株主から株式譲渡の申込みがあったときは、一株当たり六一〇〇円で買い受ける、〈2〉代表世話人八名は、朝日弘一らが、一六万一〇〇〇株を最低限とし、できるだけ多くの株式を買い受けることができるよう努力する等の内容の覚書(乙三五)を交わした。
また、同日、朝日弘一ら五名の者と井村社長らとは、合同青果の資産、負債、資本の内容を確認するとともに、それを、臨時株主総会で選任される新取締役に引き継ぐ旨の覚書(乙六〇)を交わした。
(七) 前記のとおり昭和五七年一一月三〇日までの間に、合同青果の発行済株式総数の九四・六パーセントに当たる一九万三〇〇二株が朝日弘一らに譲渡されたが、このうち同月一〇日朝日弘一に引き渡された株券は、朝日開発に対する東海瓦斯の右(五)の貸金の担保として、同社に引き渡された。
(八) 右同日以降、朝日グループが引渡しを受けた株券についても、朝日開発が昭和五七年一二月三日、東海瓦斯から五〇〇〇万円を借り受けた際に、その担保として東海瓦斯に交付された。
(九) その後昭和五七年一二月中に、朝日弘一に対してさらに合計八七〇二株が譲渡され、各株主にその代金が支払われた(そのうち、世話人会を介して支払われたものは一五〇六株であり、宇野不動産が世話人会とは無関係に取得していた株式四〇九八株、その他株主が世話人会を介さずに直接譲渡したものがある。なお、株券を紛失していた株式(二七三四株)については、同年一二月二五日、浜松簡易裁判所に株券の公示催告の申立てをし、除権判決を得ている。)。
(一〇) 昭和五七年一二月二二日、合同青果(代表取締役朝井弘一)は、東海瓦斯との間で、一〇億円を借り受ける旨の金銭消費貸借契約書(乙四二)を作成し、その一〇億円のうち、八億円は、右(五)の七億五〇〇〇万円及び右(八)の五〇〇〇万円の債務の支払に充てたものとして、残金二億円の交付を受けた。
三 本件株式譲渡行為自体の租税回避行為性
1 以上右二及び前記第二、一で認定した事実によれば、朝日グループとの間での株式譲渡の交渉をするまでの間、旧役員=世話人も、あるいは大多数の株主も、市場事業を停止した後ほどない時期から、合同青果の行く末について、もはや当時の株主構成のもとで新規の事業展開をすることは不可能と考え、その関心は、主として本件土地に代表される合同青果の財産価値を株主としていかにして回収するかという点にあり、その実現の方法として自らの手で解散し、残余財産を株主に分配するか、全株式を第三者に譲渡し、その第三者に将来を託す(ただし、当該第三者において少なくとも吸収合併をすることによる解散は見込んでいた)かの二者択一の中で方針を二転三転させていたものであり、この場合、旧役員=世話人、株主のいずれにおいても、この過程での最大関心事は、株主に対する分配金をいかに多く確保するかであり、仮に株式譲渡の後に合同青果が存続するとしても、法人としての合同青果の将来については、それが元の株主(特に青果業者)と競合する事業(大規模小売店舗など)を行うものでない限り(甲一四、甲八〇、甲一一〇)、積極的な関心があったわけではないと認められる。
そして、株主に対する財産の分配の原資は、土地を売却して清算する場合でも、株式譲渡によるにしても、専ら本件土地の有する資産価値にあったこと、そのための考慮要因として、土地の売却を行った場合の譲渡益に対する多額の法人税課税及びみなし配当課税が株主に対する分配金を相当程度圧縮すること、また、広大な本件土地を合同青果側が希望する価格で買い取る者が容易には現れなかったこと、他方、株式譲渡によった場合には、右課税面での負担は直接的には軽減されること、しかし、株式譲渡においても譲受人において将来合併や土地売却等の際に結局譲渡益についての課税を受けることから、株式の買取価額にはこれが反映される(反面、譲受側にとっては、土地の買取よりも少ない資金で土地の支配権を獲得することができるメリットがある)上、譲受人が株式取得直後に土地の売却を行った場合、まさに本件で問題となっているような実質的な土地売却との嫌疑をかけられるおそれがあることなどそれぞれの得失を慎重に勘案し、最終的には株式譲渡方式を採用したものであり、その実現過程においては、同方式による交渉相手の選択に当たって一株あたりの代金額ができるだけ高額になるものを選定するのはもちろん、同業者の組合的色彩が強い株主構成の下で、株式譲渡を希望する株主の株式がすべて確実に譲渡されることを確保するため、全株式の代金額を予め預託する者のみを交渉相手とするなどの条件を設定したこと、他方で個人財産の処分であることから一〇〇パーセントの株式譲渡を条件としたり、世話人会がこれを保証することについては、否定していたことが認められる。
そして、朝井グループに対する株式譲渡についても、ヒヤリングに応じた譲受け候補者の一人として、世話人会ないし合同青果の株主の立場からの基本的枠組みは、右のような従前の交渉の場合と異なるものではなく、ただ、朝日弘一がいわゆる競売屋であるとの噂から若干の警戒感を抱いたものの、東海瓦斯もおり、朝日グループへの株式譲渡ができれば一株当たり六一〇〇円の割合による金員交付が達成され、早期決着を迫られていた懸案が解決することから、株式の譲渡を決断することになったものと解される。
2 右において、株式譲渡方式が、土地売却方式を採用した場合に課せられるであろう租税負担の軽減をその一つのメリットとして採用されたものであること、また、本件株式譲渡が合同青果の役員会と事実上同一体の世話人会の斡旋の下、組織的に行われていることは明らかであるが、株式譲渡自体は、株主においては投下資本回収の方式として、また譲り受けるものとしては当該企業に対する投資としてのみならず、過半数以下の株式を取得することにより当該企業の有形無形の資産を実質的に取得する方法として、社会通念上決してまれではない法形式である(この場合、株式の売買が組織的に行われることも社会通念上まれではない)上、本件に即していえば、本件土地のような大規模な資産を取得しようとする譲受人側においては、株式譲渡によることには、土地を売却して解散・清算する場合に比して、経費として計上することができないという欠点があるにしても、前記二1(一)(1)及び同(二)(1)のとおり合併等による清算や土地の売却等による譲渡益の発生による税負担が現実化しない限り、これらの負担を見込んで相当程度減額された比較的低廉な資金により、その資産の支配権を獲得することができるという利点があり、経済的合理性を有することも認められる。
さらに、株式の譲受人において支配権を獲得した当該法人の資産を売却等したり、これを他法人に吸収合併する場合には、その時点で譲渡益等の発生が問題とされ、合併のときにはこれに伴い交付される金銭その他の資産があれば、一定の条件の下でこれが利益の配当または剰余金の分配とみなされるのであり、また、株主に対し利益の配当または剰余金の分配として還元されれば、それが配当所得とされ、それぞれに徴税の機会は確保されているのであり、その場合の納税義務者は、当該法人及びその時点における株主である。
そうすると、本件において土地売却方式によった場合の租税負担の軽減を目的として株式譲渡方式が採用されたとしても、それだけでは原告ら元株主らの株式譲渡行為が租税回避行為に当たるということはできない。
四 朝井弘一らの行為との関連における本件株式譲渡の租税回避行為性
1 朝井弘一らの租税回避行為を原告らの行為と評価しうるか
右のとおり、本件株式譲渡について単に株式譲渡の形式が採用されたということのみをもって、租税回避行為との評価の余地が生じるものは、もっぱら、新株主による解散決議の後、唯一最大の資産である本件土地を譲渡して、その譲渡益を計上しながら、株式を譲り受けて合同青果の支配権を取得した朝井弘一らが、前記第二、一2(一〇)(一一)のとおりの会計処理により右清算法人が納付すべき税負担及び株主としての税負担をほぼ全面的に免れたこととの関連においてである。
そして、右朝日グループと東海瓦斯との間の取引及び合同青果の清算時の会計処理は、形式的には、原告ら元株主が株式を手放して合同青果から離脱した後に生じた、何らの直接的法律関係に立たない事柄であり、原則的には原告ら元株主としては、自己の関知しない領域に属するのであるから、これを朝井弘一らの租税回避行為と見る余地があるのは格別、そのことのゆえに原告ら元株主の採用した株式譲渡の法形式まで課税上否認されるいわれはないのであって、株式譲渡代金を取得した原告らの租税回避行為と評価するためには、右朝井弘一らの行為も、社会通念に照らし実質的に原告らの行為であると評価できることが必要であるといわなければならず、このような関係を認めるためには、両者の直接若しくは世話人会を介しての通謀が認められるか、あるいは、少なくとも原告らが株式譲渡後に朝井弘一らによって右租税回避行為のなされることを認識しながら、あえてこれを自らの税負担を免れあるいは軽減されるための手段として利用したものといえる事情の存することが必要というべきである。
すなわち、まず、〈1〉株式の譲受人である朝井弘一らがもっぱら合同青果の資産である本件土地を転売する目的で本件株式譲渡の相手方となることを申し出、かつ、その税負担を免れる手段として合同青果の解散を企図しつつ、株式を譲り受けたものであること、そして、〈2〉原告らが自らないしは株式譲渡の斡旋に当たった世話人会を通じるなどして、このような朝井弘一らの意図を認識しながら、同人らとその意を通じ、あるいは同人らの意図を認容して、自らの税負担を免れ又は軽減させ取得金額を増大させるための手段としてこれを利用しようとしたことが認められて、初めて右一連の私法行為の形式を租税回避のための一体の行為として、実質的にはこれと異なる法人の解散・清算に伴う残余財産の分配と評価することができるというべきである。
2 検討
(一) 1〈1〉の株式の譲受人である朝井弘一らが、もっぱら合同青果の資産である本件土地を転売する目的で本件株式譲渡の相手方となることを申し出たもので、かつ、その税負担を免れる手段として合同青果の解散を企図しつつ、株式を譲り受けたものであることについては、前記二2(五)及び第二一2(六)ないし(一一)を総合すれば、これを認めることができる。
(二) しかしながら、同〈2〉のうち、原告ら元株主ないし株式譲渡の斡旋に当たった世話人会において、このような朝井弘一らの意図を認識していたかについては、これを直接に立証する証拠はない(甲一三九添付の別紙(大石哲三の昭和六〇年一一月一日付質問てん末書)には、「朝日開発に株を引き渡した後、会社の解散を頼んだ」旨の記載が存するが、供述者が署名押印を拒否しているものであり、同号証本文の同人の反対の内容の供述が存する以上、右記載部分を採用することはできない。)。
(三) ところで、被告は、
(1) 昭和五七年一〇月二七日、東海瓦斯の井出、拓和地所の植村及び朝井開発の朝井弘らが合同青果を訪れ、旧役員側と交渉した際、井出は、植村からの要請によって、東海造船運輸振出の額面七億五〇〇〇万円の小切手を合同青果の事務所へ持参しており、右小切手を旧役員及び朝井弘に見せ、東海瓦斯が本件土地を買うつもりであることを示したこと(甲八六の一、二、甲一〇九の一、乙三二)。
(2) 東海瓦斯の担当者であった井出及び朝井開発代表者の朝井弘は、東海瓦斯と朝井開発との共同出資による住宅関連事業展開の計画の存在を全面的に否定していること(甲八六の一及び甲一〇七の二)から、旧役員に対して東海瓦斯が住宅関連事業により合同青果を存続させるとの説明がなされた事実はなく、むしろ、旧役員は東海瓦斯が朝井開発から本件土地を買うつもりであることを認識していたとし、そうであるならば、その結果、合同青果に課税所得が発生し法人税の納付義務が生ずることになるところ、朝井弘一らは、本件土地の財産価値を引き当てにして、本件株式譲渡代金としての総額一二億五〇〇〇万円を東海瓦斯側に融資させ、なおかつ右金員全額を株主に配分する予定であることから、合同青果が法人税を納税することなど到底できないことは、遅くとも昭和五七年一一月八日には、旧役員において十分承知していたはずであると主張する。
(四) 右(三)についての検討
しかしながら、なるほど東海瓦斯は昭和五七年八月ころに植村を介して本件土地の取得を働きかけて以来、一貫して本件土地のみの取得を念頭に置いており、それがため前記第二、一2(五)(1)、(2)のとおり植村の仲介が一時行き詰まった経緯があるが、このことから直ちに東海瓦斯の右意向を前記同年一〇月二七日のヒアリングの席などにおいて世話人らが認識していたと推認することはできず、むしろ、東海瓦斯は、同年一一月八日当時、本件土地を丸紅、旭化成、宇野不動産等に転売することなどを内容とする内部稟議を進めていた(甲八六の二、甲八七)のに、朝井弘一が植村に指示して右とは全く異なる本件土地を東海瓦斯が社宅や分譲地などとして利用する計画であるかのごとき青写真を作らせ、これを世話人らに示していた(前記二2(一))ことなどからすれば、むしろ、朝井グループは、東海瓦斯が本件土地のみを欲しており、しかもそれを直ちに転売する予定であったことを糊塗するために、ことらさに右のような利用計画の外観を創り出し、その旨世話人らに説明していたものと推認され、このような中で世話人らが東海瓦斯の右意図を知り得たとすることはできない。
また、小切手の指示の点についても、甲一〇九の一及び甲一三七には、井出は、裏村からの要請によって、東海造船運輸振出の額面七億五〇〇〇万円の小切手を合同青果の事務所へ持参しており、右小切手を旧役員及び朝井弘一らに見せた旨の供述部分があるが、植村は、「七億五〇〇〇万円は土地購入の手付金にするとともに、東海瓦斯が真実土地を買うつもりであることを示すためだった」、「(七億五〇〇〇万円は土地を買う目的で持参したのかとの問いに対して)いいえ、合同青果は土地では売らないと言っていたので、それで土地を買うことはできません。その金は朝井が株を買うための援助のための金で、株を取得した後、朝井が土地を売るという話だったと思います」とも述べていること、東海瓦斯の井出も、代表世話人らによるヒアリングの際、七億五〇〇〇万円の小切手を持参した旨述べているが、同人の証人調書(甲八六の二)には、その目的について、「不動産屋から要請がございまして、七億五〇〇〇万円の小切手を持って行った」、「東海(瓦斯)が土地を本当に買うのかどうか、お金があるのかどうか、用意ができるのかどうかということです。(問「それは朝井開発が疑問に思っておるといかんから、そういうこともあって七億五〇〇〇万円の小切手を持っていったということですか。」)はい。」「朝井開発に対して、うちが確かに土地を買うということでそういう意味があったと思います。」と述べていること、株式譲渡申込人のヒアリングにあたっては、代表世話人らは、株式譲受申込人が資金を全額調達し、その積立が可能か否かの点につき最大関心を持っていたのであり、結局、朝井弘一らについても、約定の同年一一月四日には、朝井開発の預金口座に入金されたのは五億円のみで、残りの七億五〇〇〇万円は入金されなかったため、翌日の世話人会の経過報告で問題とされ、残りの七億五〇〇〇万円が入金されるかどうかを見た上、株式の譲渡を決断することになった経緯があること(前記二2(四))などを総合すると、仮に東海瓦斯の井出から右ヒヤリングの席において七億五〇〇〇万円の小切手が示されたとしても、これが直ちに東海瓦斯の世話人らに対する本件土地買受の意向の表明を意味するものとは断じ難く、せいぜい同社の朝井開発及び世話人会に対する資金手当の確証の開披にとどまるというべきである。
したがって、これらの事実をもって、世話人会を構成する旧役員らが朝井弘一らの意図を知っていたことの推認の資料とすることはできない。
(五) その他、原告ら元株主ないしは株式譲渡の斡旋に当たった世話人会において、前記のような朝井弘一らの意図を認識していたことを認めるに足りる証拠はない。
五 結論
以上検討したところによれば、本件株式譲渡を租税回避行為ということはできず、租税回避行為の否認を一般的に許容するか否かを論ずるまでもなく、その法形式を否認して実質は合同青果の元株主である原告らによる合同青果の解散・清算であり、株式譲渡代金は清算に伴う残余財産の分配に他ならないとすることは許されないといわざるを得ない。
したがって、原告らが取得した株式譲渡代金を所得税法二五条一項三号に該当する金銭として配当とみなしてなされた本件処分は、いずれもその課税要件事実が存在しないのになされたものであるから、違法である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉原耕平 裁判官 西島幸夫 裁判官 前田巌)
別表
〈省略〉